100点を目指さない、効率化を目指さない、がストレスを溜めない
おはようございます。間瀬邦生です。
皆さんが働いてお金を稼ぐのは何のためですか?
ある人はこう答えました。
「その日の疲れを回復させて、翌日にまた働くためだよ」
今日働いたお金は、翌日働くための回復に使われるものだそうです。家賃も食費も日用品代も。
つまり「生活のため」に働くということなのでしょうけれども、「疲れを回復するため」という表現を使っているところが、また違った視点で「働く」ことを捉えているのだと思いました。
疲れやストレスを溜めない働き方は、私の人生のテーマです。
今日はそんなお話。
誤解を招かないでいただきたいのが、決して仕事の手を抜くのではありません。真面目に取り組みながらも20%の余力は残したところで切り上げるので80点。8割と言った方が良いでしょうか。
自分の許容量を超えた仕事をこなそうとすると、どうしても品質が落ちてしまいます。
「最高の品質をアウトプットするためにはどうするか?」
それを考えたとき、私は1日に出せる力のうち8割のところで切り上げることでした。
自分にはまだ2割の余力を残しているという安心感が、より高い品質の商品を作ることに繋がっていると気付いたのでした。
自分にとっての80点が相手にとっての100点のこともあります。
品質が80点でも生産効率が100点であれば、値段を抑えられて、お客様としては総合100点という評価をくださる人もいます。
100点は一つのミスも許されない、そのプレッシャーは並大抵のものではありません。
プレッシャーからくるストレスの解消には、多く働き多くもらえたお金を、多く消費することがあります。豪華なところで食事をしたり、余分な何かでお金を消費したり。
夜11時まで働いて、深夜のスパに行って、景色の綺麗なところでお酒を飲んで、財布が寂しくなりました。残業した以上のお金が出ていく。
なんのために働いているのか分からなくなりませんか?
効率を追求すると息苦しさを感じてしまうことってありませんか?
無駄がないとは余裕もないということ。非効率な行動をとれるのは余裕の証拠なのですよね。
機械化できるところを人の力でやることは、経済的には効率が悪いことです。人件費がかかり、生産コストが増えます。
でも1人で黙々と機械と作業をするようになったら、それは孤独で退屈な作業の連続。
3人で会話をしながら和気あいあいと同じ作業をすれば、そこから生まれるのは充実感と連帯感。
生産コストには代えられない、かけがえのない幸せです。
車で見回りをすれば20分で済むところを、ゆっくり歩いて見回りをして1時間かける。
確かに作業の効率は悪いのです。その代わりに得られるものもあります。作業者が時間に追われていないという心の余裕。その作業に疲れやストレスは溜まりません。
ストレスを溜めないように生きるためには、経済的な効率は捨てた方が良いときもあります。
効率化は手段であって、目的は私たちの暮らしを良くすることです。
本来の目的を今一度考えてみてはいかがでしょうか。