それまで腹を立てていた周囲の言動を『人間くさい』と思うようにしたら、人間関係が飛躍的に改善しました
おはようございます。間瀬邦生です。
日々の生活をしていく中で、満員電車でイラッとしたり、一緒に仕事をしている仲間が手抜きをしていてイラッとしたり、表に感情を出すことはなくてもイラッとすることはよくあります。
でも考え方一つで、『まあ仕方ないか。人間だからね』と思えるようになってきました。
血が通い、心があり、喜怒哀楽がある、ということ。
正しいこともするし間違ったこともする。ときに賢くときに愚かでもあり、コンピュータのようにプログラムしきれない、人間ならではの思考や行動をすること。
人間の優秀な点というよりは、むしろ『愛すべき愚かな点』『理屈には合わないかもしれないが、心情的に共感できる点』について『人間くさい』が使われることが多いようです。
何を話すにしても『いちいち説教っぽい』とか『いちいち批判的な反応をする』とか、たった一言で周りに不快感を与えるような人もいますし、難しい仕事や問題に直面するとすぐに逃げだそうとする人もいます。そういう人に対して瞬間的に怒りを覚えることがよくあります。
でも彼等は実に人間くさいのでした。
弱い自分を隠そうとした結果の言動で、誰だって自分の弱点は隠しておきたいのです。
他人と付き合う上で、相手が何を考えているのか分からないのは不安ですよね。
気の合う人だと分かれば近づけばいいですし、苦手な人だと分かれば距離を取ればいいのです。どういう人か分からないと距離の取り方が一番難しいです。
人間くさいと感じたということは、その人の本質を垣間見た瞬間でもあるのです。
等身大とも裸ともいえるその人を知れたことは、なかなか本心を明かさない人よりも付き合いやすい存在になったのかもしれません。
大人にもなって欠点が直る可能性は低いでしょうから、その欠点にイライラするよりも、むしろ『人間くさいなあ』と割り切って楽しむようになったら、日々の人間関係が前より良好になった気がします。