若さへの敬意(3)- 万人への敬意
おはようございます。間瀬邦生です。
『若さへの敬意』ということで話を進めてきましたが、最終回は、老若男女全ての人への敬意、ということで話をまとめさせてもらいます。
一人の人間が人生で経験できることは、全世界に存在する経験のうちどれくらいでしょうか?
経験から得た感性、生まれ育った国や文化、生きていく中で培った人脈、日々磨き上げた技術。一生で得られるものはいったいどれほどでしょうか?
残念ながらそれらは僅かです。
しかし、たとえ僅かでも、それら一つ一つは立派な宝といえるでしょう。そしてその宝は全ての人が持っています。
その宝が結集すれば、必ず大きなことを成し遂げられる。
そのためにはお互いがお互いに敬意を持つことが大切だと思うのです。
敬意は人間関係の潤滑油であり、敬意を極めた者は社会を動かせる。
歴史上『人たらし』と呼ばれる人は、まさにこの点を心得ていたのでしょう。
『人たらし』で溢れる社会を目指して、私も日々努力していこうと思います。
「史記・刺客伝」の晋の予譲を思い出します。
予譲がかつて仕えていた恩人である知伯の仇を討つときにいった言葉です。
「士は己を知る者の為に死し、女は己を説ぶ者のために容つくる、今、智伯は我を知る」
その意味はというと、
「立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれた人のためなら死んでもよいと思うものだ。女性は、自分がそばにいると喜んでくれるような人がいれば、その人のためにお化粧をするものだ」
結局、予譲は仇を討てず宿敵であった趙襄子に殺されますが、『人は何で動くか』を私たちに教えてくれたのではないでしょうか。